こういう絆の作り方もあるんだな「対岸の彼女」

 
日常の小さな前進を描いた作品だった。文章が読みやすいのも特徴ですね。
ひとつのドキュメンタリーを見せられた気分になった。この物語と同じように悩んでいる人を見つけたり、同じ境遇になった時に、この作品を読んでいて精神的に救われるかもしれない。辛い目にあった時には「同じような目に合っている人は他にも居るんだ」と思えば痛みも安らぎます。
対岸の彼女 (文春文庫)

対岸の彼女 (文春文庫)

 

作者はどういうテーマを入れていたのか

 働く女性と専業主婦をそれぞれ主人公として描くことで、環境の違いからくる心情の違いを対比しやすくしています。ふたりの主人公を魅力的に描いているので、ふたりが解釈のすれ違いで仲たがいをしていく様子がヒヤヒヤします。本を読む側としては、何行か前には相手の心情が書かれているのに、舞台の2人は片方の世界しか知らないんだなと。

 

働く女性としての葵、専業主婦の小夜子、立場が違っても理解して絆を作ることも可能なんだよと伝えているようでした。こういう物語が知られることで、多少なりとも、働いてる女性と専業主婦の女性の間で協力関係が出来たら良いのになっていう新しい関係性の提案かな。
その中でも、物語では主体的に行動することが大切だと伝えているようでした。自分が前から疑問に思っていたこと、みんなの前では発言したことが無かったけど本当は思っている事、そういうことを自分なりに行動に移して、失敗をするかもしれないけど、それでも前よりは良くなっていく。そういう目線を教えられた気がしました。
 
この作品で中心で描きたいのは、女性同士の友情の在り方に思えました。後から知ったのですが、本人が自身の本について語っている記事も有りました。

男性側としては

男性目線では、嫁姑関係が面倒くさいことを事前に知っておけば良かったり、育児と家事に関わる姿勢があればいいのになという目線があった。
子育てのしやすい環境について
  • 夫よりも、妻の両親に近い家に住む
女性が義母に子育てを手伝ってもらうのは、心理的に負荷がかかることが多いそうだ。妻の両親であれば、手伝ってもらいやすい傾向がある。子育てをしやすい環境で育てる方が負担が少ない。
  • 子どもが小さいうちは、そこそこ田舎でも良い
保育園や幼稚園に、待機児童として待たされるリスクは無い方が良い。また教育の面でも高校生までは大人数型でなくても良い。
  • 大学生になる頃には、大人数の人と関わりを持てるところが良い
多くの価値観を吸収した方が良い。26歳までには社会で色んな人と関わってる状態が望ましいかな。
  • 日本、韓国は欧米、ヨーロッパ圏よりも、家事分担が遅れている。料理や子育てスキルを身に着けようとしないのが原因だと思われる。

september36.hatenablog.com

 

 

人体実験は恐いね「アルジャーノンに花束を」

 

愛に関する話しかと思いきやドキュメンタリーSF小説だった。知能が高まる薬を投与して、賢くなったが、失敗作だったので、知能がまた下がってしまった話だ。

物語を通しての感想

人体実験は恐いね

もしこれが事実であったなら、安全性が確かめられていない人体実験は恐いなと思った。チャーリィはIQを高める薬を与えられて、知能が高くなるのだけど、最終的にはIQが元に戻ってしまう。ただでさえ知能が高くなったことで環境への情報量の多さに戸惑っているのに、追い打ちをかけるように自分はまた知能が下がっていくことに気づいてしまう。

この物語の根幹は、非道な人体実験に由来するものが8割ほどだ。「こんなことしてしまう世の中にはなりたくないね~」「人をモノとして扱うなよ!」って話かな。

過去の自分を毛嫌いしてしまう

後半のシーンで、過去のIQが低かった自分が現在の自分を見ている、という妄想に取りつかれていき狂気に陥る。そして、過去の醜い自分を罵倒して、現在の自分に嫌気がさすようになる。

もし、過去の自分が見えたとしたなら、その自分を迎えてやればいいのにな。過去の自分をそのまま否定することは、結局は現在の自分を否定することに繋がるのだから、継続していること変化していることを見つめればいいのに。それだけでいいのにな。

 チャーリィはストーリーテリングをしている最中だったのだろうな。

september36.hatenablog.com

愛だけではなく、共通価値観も必要ではないか

肉体関係のみによって充足を得るチャーリィとフェイには共通点が無さすぎた。ふたりの距離は日常が進むにつれて離れていくようになる。長続きするカップルと言うのは、共通の趣味を持っていることや、笑いの場所が似ていることがある。フェイは「ダンス、芸術」でチャーリィは「研究、数学」だった。

最後の方で妹のノーマと会うシーンがあり、過去を回想する。これがチャーリィの求めていた共通の価値観だと思った。

チャーリィはどうしたら良かったのかを考えた

冒頭で、作者から「知識は人と人との間に楔を打ち込む」と問題提起についてのネタバレから始まる。

  1. チャーリィが知的しょうがい者から、特殊な薬で全知全能人間になる
  2. 人との間に楔を感じて葛藤する:今までの周囲からの反応は、自分を好きで仲良くしてくれた訳ではなく、蔑んで優越感に浸るためだったと知る。周囲はチャーリィが自分よりも賢くなったことに困惑して気味悪がる。
  3. 同じ境遇のアルジャーノンに共感する

この後に、チャーリィがしたら良いと思ったのは、チャーリィのことを知る人がいない町で新しく人生をやり直す事かなーと思う。今までのチャーリィに関わってきた人を許す寛容さを得るのも、復讐心を抑えるのも、別の町でやればいい。破綻している人間関係を修復するよりも、まだ築かれていない人間関係を新しく作る方が、労力は楽に済むからだ。

新しい体験を探して動きまくって、過去をグズグズ考えなければ幸せになれるよ!

2000人に聞いてわかった「幸福な人と不幸な人」を分ける3つの特徴:https://yuchrszk.blogspot.com/2018/01/2000.html

それと関連したもの

頭がいい人は孤独な方が幸せになれる(少ない友人で良いということ)

友達いない方が幸せな人の条件とは?:https://daigoblog.jp/intelligence-friends/

これを念頭に置くと、チャーリィは賢くなっていくと、新しい趣味を手に入れて、新しい知識の探求に夢中になっていき、幸せを掴んでいくようになってもおかしくない。実際に、研究に没頭しているシーンもあるし、妹のノーマンとの会話で「旅行に行く」と語っている。

知能が高くなったままであるなら、チャーリィはHAPPYENDに進んでいた。

知能の高さは、精神的な豊かさを表してない

 冒頭で作者が語っていることに対しては賛同する。

現在の学校教育では、高いIQをもつ子どもたちに褒賞を与える傾向にあるので、高いIQの子どもたちは、IQ以外の社会的、感情的、常識的知能を磨こう、という気が起きにくく、不幸な結果になるのでしょう

参考:https://www.vice.com/jp/article/paq7ng/only-stupid-people-have-lots-of-friends

この記事は、論文ベースと言うよりは科学者のひとつの見解なので参考程度に収めとこう。IQが人間の生活を豊かにするひとつの要因に過ぎないのは確かだと思う。それのみが重要ではないはずだ。

  • 批判的能力:ものごとが論理だっているのか考える能力(暗記力とは別)
  • 創造力:新しい方法や価値を生み出す能力
  • 感情知性:思いを言葉で表現する能力

あたりが生活をする上で大切になるかなと思っている。これは生まれながら手にするものではない。また実際に行動する回数も大事になってくると思う。個人の見解なので悪しからず。

どれだけ高性能なPCを持っていたとしても、中に入っているアプリケーションが使いにくいものであるなら、性能は低いが良いアプリを入れているPCの方が使いやすいという話に似ているかな。

 

「みかづき」読み終わった後に考えることが多い

 
三日月って、「新月へと向かう三日月(有明月だから三日月ではない)」と「満月に向かう三日月」のどっちもあるよね?って考えてしまって書評するのを迷ってました。満月に向かう方が三日月なんですね。本の絵もきちんと三日月が描かれてます。
みかづき (集英社文庫)

みかづき (集英社文庫)

 

 

この本は、戦後教育から少し経った学校向けの塾が経営される頃から始まります。主に塾で働く人たちを中心にした物語でした。そのため、「作者が伝えたいこと+実際の様子」がテーマに混じっていました。本に関わった人の紹介で教育機関の名前が並んでいたので、実際にリサーチして書いてることも伺えます。教育の歴史が小説を通して知れるのは分かりやすいです。

作者が伝えたいことを想像して自分なりにまとめてみる

この本を読み終わった後に考えることが沢山あります。現状の教育問題と教育課題についても暗示していますし。

この本を通じて興味が沸いてくれたらいいな~という作者の意図が感じ取れます。

感じたこと
  • 人間的にかけている部分があっても、それがその人なのだ
  • そのかけている部分を補おうとする姿に感動する
  • 社会的に環境が欠けている人を、能力が足りないと烙印を押された人を補えるようにしたいと思う姿に感動する
  • 時に、満たそうとするあまりに、問題を抱えていることに気づけないことがある
  • それも人間らしさ
  • 欠けていても良くて満ちようとする姿が美しいのだなと→三日月に繋がる
  • 大義のためなら執念のごとく行動できる女性の姿を感じた。
  • 泥臭さを感じた。スタイリッシュさには欠けた。ありのままを感じた気もした

ある一家の世代の移り変わりを体験できるので、「若さ、老い」に対する現実的な側面を観ることが出来たと思う。かなずしも悲観的では無くて、歳をとっても変わらない良さがそこにはあるというメッセージも見えた。

この作者が伝えたかったこと
  • 自分の情熱に従って生きてもいいのだというエール
  • 女性の力強さを感じた
  • 失敗したとしても次の挑戦を出来る環境をさがしてトライしてほしい
  • 人には良いとこも悪い所もひっくるめて人だから、自分に適した方法で社会と向き合っていけばいい
  • 満足することなく前へと進みたいという思いから行動していくことで、生き生きとした人間へと変わっていく
  • 現在の問題への解決方法と環境は、過去とは異なる。けれど、世代から世代へと根本的な思いは伝わっている
  • 前の世代での失敗を次の世代が活かすようになる

世代を追うごとに新しい価値観が生まれていき、生活がスムーズに向上していく。もし、死なない身体を人間が手に入れるようになったら、世代交代が起きずに、新しい価値観が生まれなくなるというのを思い出した。

自分が良いなと思ったこと
  • 失敗したとしても次の挑戦を出来る環境をさがしてトライしてほしい
  • 人には良いとこも悪い所もひっくるめて人だから、自分に適した方法で社会と向き合っていけばいい
  • 満足することなく前へと進みたいという思いから行動していくことで、生き生きとした人間へと変わっていく

自分が目指している信念と近い考えを持っている人から、考え方を聞いておくのはいいかもしれないと思えた。実行する方法は全く違うとしても、その核の部分が一緒である可能性もあるんだろうなと。

この物語での違和感
  • こどもに教育をするというのが一体なんのためなのかを考えてみたい。
  • 学校で成績が芳しくない人を救済することなのか
  • 自分の頭で考えて学べるような人間になるのが、教育として大切なのだと語っている場面もある。
 
教育の意味への疑問が自分の中で沸いた。研究のように自分で勉強できるようにするのが教育目的だと言うのなら、研究の仕方への効率的な方法を教えた方が良いと思う。目標に対して実施している事が、すこし的がずれているような気もする。
 
この微妙な違和感によって、教育者の熱血的なところに対して一歩引いてみてしまう自分がいる。もちろん、最終的には、自分で学べるような人になっている事の方が多いのだから全て悪だとは言えない。

「姑獲鳥の夏」科学的に夢から目覚めさせる陰陽師

表紙でイメージした内容とは違っていた

高校の頃から京極夏彦の本を読もうと思っていた。その時は、仙人とか妖怪とかが出てくるファンタジーを読み漁っていたのもあり。その先入観から、妖怪や祟りを原因にした非科学的なナンチャッテ推理小説だと思っていた。

実際は、覚醒状態の人間が催眠状態の人間を現実に誘導する物語であり。推理するためのヒントに民俗学や心理学、地域の伝承を取り扱っていた。非科学的な物語ではなかった。推理する論理はSFに近しいものでもあった。
文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

 
 
作者が物語を通して何を伝えたかったのかを考えてみる。
京極堂が行ったような、ひとつの解決法を提案をしている
 この物語では、目が覚めていても夢を見てしまう人物を中心に取り扱っている。主人公の関口君も、鬱症状を持つ人物で物語中に何度か催眠状態になっている。
 
この本で取り扱っていた催眠状態とは「目の前に知人男性の死体があるから、犯人は自分が愛している人だ」という結論に行かないように、自分で自分に催眠をかけて記憶を改ざんするというものだった。
そこに、科学的な知識を持った幽霊も妖怪も信じていない陰陽師こと京極堂が現れる。催眠で生じる矛盾を突くことで催眠状態を解き、事件は解決する。
 
このように催眠のせいで現実が見えなくなり。自分が抱えている本当の問題が分からなくて困っている人に対して夢を解く方法としていかかでしょうか?という作者からの訴えに思えた。
物語を押し付ける高慢さ
前に書いたブログ内容をベースに考えていく。
 
彼ら彼女らが生きるための理由は、催眠状態で成立する「自分以外によって作られた物語」にあった。彼ら彼女らはその物語を信じている限り正常で居られた。そこに京極堂が現れて現実を叩きつけて物語を破壊してしまう。物語を失った人たちは狂気に陥ってしまう。
 
 京極堂自身は死傷者を出してしまったことを後悔している。このことから察するに、作者自身もこの行為が正しいとは思っておらず。やむを得ない策として描いているのかなと想像する。
そうすると、親は子供の人生を縛って破滅させないで欲しいというメッセージが見えてくるかな。
物語が無くなってしまうこと
 京極堂による虚構の物語を奪う行為が危険だと感じた。物語を奪うと同時に彼ら彼女らは依代を失うわけだ。別の依代へ移り変わるように促す目線が短絡していたと感じた。
もちろん手遅れだったという見方もあるし。他人から送られる依代を簡単に信じるのは難しいという見方もある。*1
こういう場合に、「そっとしておく」という手段もなかったのだろうかと考える。あの事件は、時間が経てば死体が見つかって警察の手で解決するものだった。関口くんが介入したことで死傷者を出してしまったとも言える。物語を奪おうとしてなくても、時として介入するだけでも同じような意味を持つのだろうか。
 
話は変わるけれど、天動説を唱えた科学者が、宗教信仰者によって見せ者にされて処刑された経緯にも関連している。事実は広まる価値があるのだけれど、どうやって安全に理解してもらうのかを議論する的になると思う。生きる依代である信仰を覆すのは更に難しいだろうな。それとも諦めて必要な犠牲だと黙認してしまうか。出来たら多くの人がスムーズに変換できるようなテクニックがあれば良いな。
 
まだ考えたいので追記するかも。

*1:その場合は、やはり親から継承されている物語に問題があるか。

「白夜行」隠れた命題を探してみた

 
東野圭吾が原作の映画やドラマは観たことがある。けれど、小説を最後まで読んだことは無かった。ドラマや映画で観ている限り、彼の作るシナリオは面白そうだったので読んでみた。
白夜行 (集英社文庫)

白夜行 (集英社文庫)

 
読んだ直後の感想
ふたりが、特に雪穂が人間だと思えなかった。そんな感想を抱いた。
ふたりが何を目標にして、何に取り組んで生きているのか。分からなかったな。お金なのだろうか。富と名誉と権威だろうか。結局は最後に雪穂が手にはしている。
けれど、その後に何を求めているんだろう。彼の生きがいは何で、彼女の生きがいは何なのだ。
 
扱っている内容はドロドロしている。ただ、切り取っている描写が綺麗な面ばかりで、真相は見えない。じれったい。
映画化やドラマ化では、時間の関係で裏描写もされていると聞いた。小説では描写がないので好奇心と不安を掻き立ててくれる。それぞれ別の面白さがあると思う。
 
読了した直後は何も感じなかった。そっか。そうだったんか。恐いな。という具合で、あっけなかったかな。
特殊な表現方法
この物語が面白いのは視野を限定して描写することにあると思う。表シナリオの描写だけでも良かった。罪を重ねて罪を消すふたりの男女の物語だ。
けれど、この本での主役であるふたりは周囲の人物の目を通してしか分からない。本人の心情描写が地の文で出ることもない。敢えて本人以外の解釈を重ねることで人物像を幻想的なものにしている。
 
野暮な疑問点について
  • 寺崎は本当に運転中の事故死だったのか。仕組まれたことなのか。
  • 雪穂の母は自殺だったのか。偶然なのか。
  • 叔母の庭に死体が埋められているけど、どうやって?気づかれないのか?臭いは?
  • ふたりの連絡手段は何だったんだろう。図書館とか?大人になっても同じ場所ではなかろう。

ここら辺を知らなくても、作品が醸し出す雰囲気を味わうには十分だったし。考え込まなくてもいいかも。

 

物語の見方を変える疑問について
  • 幼い頃は分かるけれど、桐原は雪穂のために動き過ぎていないか。雪穂は手を染めずに桐原が人を何度も殺している。恋心があったのか。
  • 桐原は自殺しているけれど何故なのか
  • 雪穂は桐原の死をどのように見ているのか。安心しているのか。それとも嘆いているのか。目の前で死ぬのを目撃して動揺しないのは?
見方によっては、桐原が雪穂の特性に惹かれてしまった被害者にも見える。自分に惚れた桐原を晩年は利用し続けていたという説だ。
 
続編だと言われている「幻夜」では、同じように登場人物がふたり出てくるんだけど、それでも同じように美冬という女性が男性側を手のひらで転がしている形のようだ。
 
つまり、最後に桐原が自殺してしまうことが雪穂の恐さを引き立たせた物語となる。
 
雪穂の生きがいを想像するなら、貧しかった境遇が起こした悲劇に対するお金への執着。そして、自分が陥った悲劇を理由にした娯楽だろうか。雪穂がやろうとしているのは、お金や立場を利用した人狩りのように思えた。後半での、血の繋がらない娘に対する犯罪を利用したマウントが優越感に浸るために思えた。
 
隠れた命題「美貌と優越感」
この雪穂の優越感こそが、この物語の本軸だと解釈した。そのために周囲は犠牲になっていく。そして、雪穂は人を惑わすような魔性の女へと変化していく。美貌と優越感が隠れた命題かな。
 
雪穂の透き通った目と亮司の黒く濁った目の対比で、両者の精神的な強さと弱さを表している。そして、時間が経って捕食されたという形かな。読み手には、桐原と雪穂の相思相愛と解釈させておく。本当は、、、と。
 
この解釈を書いてて恐くなった。解釈を進めることで物語の深みを更に引き出せるのは珍しいかもしれない。作品として面白かった。

「グラスホッパー」生きる意味について考える

 

生きる理由が見つからないふたりの殺し屋と、冴えない復讐者が主人公の物語だった。「罪と罰」の引用が出て来たりと、作者の死生観を小説を使って伝えているようにも思えた。

小説には珍しく引用文献があった。「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という、ジャーナリスト森達也さんの本題名を載せてある。彼の映画「ドキュメンタリーは嘘をつく」で、作品を観た後に何を感じたのかと、それを作っている背景を想像するのが大事だと語られていたのを思い出す。

それ込みで楽しんでほしかったのかなと作者の考えを推測してみる。

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)

 
題名になっているグラスホッパーについて

グラスホッパー……バッタか。「人間は昆虫のようなものだよ。」と言われてもピンと来ない。法学部出身の独特な想像力のなせるわざというやつか。それか自然淘汰ゲーム理論の話でも読んだのかな。

人間は哺乳類であるし。脳が発達しているし。それ故に協力的な文化が発達している。未来や何もないものを想像できるのが人間の良い所だろう。

この文章は単に、「タカ派ハト派」の話をしているに過ぎないのかもしれない。利他的な方針が8‐9割で、利己的な方針が1‐2割と言うやつかな。人間全体で利己的な人間が1割いる、個人が集団間で行う利己動作が1割あると想像するやつ。

自然淘汰の話に持って行けば、確かにバッタまで解釈を持って行けそうか。利己が多ければグループは全滅する。利己動作を行う細胞を増やして結果的に主を殺してしまう癌細胞もそれと同じだ。 

この物語は何を伝えたかったのか 
  • 自然淘汰のいたずら→平凡な人は救われてくれ、そうでない人は盛者必衰で

冴えない元塾講師の男を中心に物語を観た時は、自然淘汰のいたずらでも良いから平凡な人は救われて生を実感してほしい。元からどうしようもない人は盛者必衰で、同じように自然淘汰してくれ。」という意見文。

  • 死生観「罪と罰」の引用→平凡でない人も"あっち"で救われてくれ

他の殺し屋を中心に観たときは、贖罪を請う生き方をしてくれという願いかな。

罪と罰」は一昨年に読んでいたので、何を言いたいのかを想像することはできた。あの本は宗教色が出ている本で、罪悪感との対面と無慈悲さが詰まった本だった。老婆を殺してしまった主人公が罪悪感と戦いながら、無情な環境で生活をしている少女の健気な姿を見て、落胆と後悔を胸に自首する話だ。殺し屋の鯨が愛読をしていたのも、共感して罪悪感を理解をしたかったからではないかと思っている。

罪と罰」のラストは別の見方をすると、ラスコーリニコフがラズミーヒンを助けようとしているのに無視して進んでいってしまった結果とも見える。この物語でも、助かったはずなのに周囲に求めなかったIFシナリオが残ってたりするんかな。

個人的には

盛者必衰を待つ。無理に助けることを拒む。自分が助けれる範囲で生活をするのが良いのかなと思った。

バイキングでドカ食いする人のメンタルと生活が心配になるのは分かる。けれど、ミイラ取りがミイラになったんでは意味がないですぜ。それとも、自分はならないと思っているからこそミイラになるのかな。

人生の意味について

september36.hatenablog.com

ある一定の人間は、恐怖を感じる部位である偏桃体が動きにくい。遺伝する性質でもある。優秀な兵士はそのおかげで優位に射撃を行うことが出来るとも言われている。最近では、電磁気ヘルメットを被ることで同じ脳状態に出来る機械があったりする。

ところで。こういう不安や幸福を感じにくい人は、人生の意味を見いだせない場合も有るらしい。参考:今週の小ネタ:知能と幸福、サイコパスとナルシストと人生の意味、ヤバい恋愛を切れない人 | パレオな男

けれど、前に読んだ「共感脳」の本には続きがあって、彼ら彼女らは共感することも出来るのだと言う。そこに賭けた小説なのかもね。

「十角館の殺人」犯人の強靭なメンタルと体力

 

前回に続いて2回目の推理小説を読んでみた。

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

 
時代背景が古いので考慮して読んでいった

改訂版を出すにあたって最後に説明がなされてたように、バブル期に書かれた作品でしたね。

「女性はお茶を入れる」とか。登場人物の学生ほぼ全員が煙草を吸ってるとか。サークル飲み会で急性アルコール中毒で死人が出るとか。インターネットが存在していないとか。タイプライターが流行りだとか。価値観が前にさかのぼります。DNA検査と言っても制度が低いのだろうなと考えたりもしたかな。

冒頭でギャップを感じる文章が散りばめられているので、現在とは異なる世界観に入っていく感じで読んだかな。ここで諦める可能性もあったけれど、推理ジャンルマイブームに乗って読み進めていった。

スリードを誘う文章に引っ張られた「叙述トリック

紅さんが怪しいのかなと疑ってみたり。青司がまだ生きていて犯人なのかなと疑ってみたり。それとも学生の中に犯人が紛れているのかなと思ってみたり。会話の文章や描写の移り変わりによって、誰が犯人なのかをミスリードしやすいように誘導させる文章は面白かったです。

第1被害者であるオルツィが指輪をはめていたことを思い出せなかったのが悔しい。オルツィが亡くなった青司の娘と仲が良かった事は、はじめにオルツィが被害者になった理由と関係しているとは疑っていた。そうなると、学生の事情を知っている中に犯人がいることになるとは推理できていた。

実際に起きたことから自分なりに絞っていくのが、「叙述トリック」にハマらないための工夫なのかな。登場人物の誰一人として正しい推理を行っていなかったのだし。

犯人を当てるのは難しい

 序盤でも圧倒的に怪しい人物がいた。なぜか病気なのに館に来ているし。館を借りた主だし。かつ旅行のキッカケを作っている。そして泊まった数日後に、人が殺されるような状況だとメンタルが揺れて病状が悪化してもおかしくないが元気になった。

どう考えても怪しいんだけど特に証拠が無かったからな。動機についても、犯人だと分かった後に初めて追加された情報だった。推理して犯人を当てる楽しみ方をする作品では無かったんだろうな。

犯人の強靭なメンタルと体力

犯人が地の文を用いて犯行について語るシーンがあるのだが、結構ハードなことをしている。細身の身体で、脱水症状に見舞われる中で、ろくに睡眠時間を取ってない中で、重労働して、音を立てずに部屋に忍び込みまくって、よくも疑われずに全員殺せたなと感嘆する。さすがに無理があるくない?と思ってしまった。アリバイ工作であるバイクの運転中に、疲れで意識を失って事故って死んでもおかしくないと思えた。

殺し方を考えるのも結構に行き当たりばったり感も有ったし。うーーん。幸運が重なって犯行が成立したと言うのも強かったように思えた。

幸運と言えば、ラストの海辺に流れ着いた瓶も"運"と言えるのかもな。その点で考えれば、復讐殺しの焦燥感を伝えたかった作品としては一貫性があって楽しめる本と言えるかな。やってることはハードだけどな。