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まじないの使い方

スピリチュアルにハマって痛い目を見たことがある。どういうスピリチュアルなら利用する価値があるのか。どのように自衛をして、まじないや占いに振り回されずに使いこなすのかについて考えた。

数字に意味を載せて使っていた

 自分はスピリチュアルなことにハマりやすかった。ちょうどブログを書き始める前がピークだったと思う。調べて覚えてやってみてた。今でもそういう癖はあるかもしれない。注意して調整していく。

その中で数秘術にハマっていた事を書く。数字の羅列に意味があるものとして考える期間があった。例えば、

  1. はじまり
  2. 情熱
  3. 継続
  4. 現実
  5. 変化
  6. 欲望
  7. 努力
  8. 円満
  9. 基礎

という感じで覚えていて数字に意味を追いながら生活をしていた。車のナンバーとかを見て、どういう意味なのか暇つぶしに読んだりしていた。今思いだすと狂ってんなと思う(笑)痛い目見て懲り懲りしている。

例えば、キリスト教でのエンジェルナンバーの375、意味は「継続する努力での変化」と数字をまんまに訳していけばいい。質実剛健な生き方はどこの文化でも称賛されるのだろうなと感じる。他には、悪魔の数字666は「欲望の三段重ね」と言う感じでまあ堕落的だよなと思いながら解釈していた。

ラッキー777は「努力の三段重ね」になる。努力と運とは、、、試行回数を増やせば当たるってやつかな。と、関連つけして覚えていく。

数字占いは使わない方が良い

そういう感じで表面的に楽しむのは良いのだけど、これが現実での意思決定を歪ませるようになるのは良くない。あくまで、こういう"まじない"は使うためにあり、振り回されるのはよくない。

韓国の大統領が占いにハマり過ぎて、政治を占い便りにして、そのせいで自分の人生を破滅させたのも良い例だ。あくまで選択が先で有り。選択したものを補強するという体が良いんだろうと思う。

中には使うこと自体にリスクがあるものがある。それが数秘術だ。この数字占いはあまりよくない。何故なら、普段の何気ないところで数字は目にするからだ。意図せずに自分にナンバーが振り分けられることは多々ある。そのたびに気にしてたら気疲れしてしまう。これが面倒なのだ。こういう"まじない"は祝いの側面もあるが呪いの側面も持っている。

ちなみに、このブログのURLを作る時はハマっていた時から時間が経っていないので、気を使って数字を割り振ってる。「736」は「努力の継続による欲望」という意味を込めてる。無理なくブログを書き続けて色々な好奇心が広がりますようにと願っている。

どういうものなら使ってもいいのか

オリジナル記号を使う

数字を使うのはお勧めできないけど、自分がオリジナルで考案した記号に意味を付けて、使っていくのは悪くないかもしれない。それを見るたびに自分が目指している目標を思い出すとか。そういう仕組みを敢えて使うのはいいかも。

化学式だったり数学もそうだ。意味を覚えているからこそ連想したり組み合わせれる。x^2+y^2=1を見たときに円を連想できる。漢字もいい例だ。

意味や目標を込めたオリジナルな記号は使える。SNSのアイコンを記号にする人も居るくらいだし。無意識に利用されていそう。

身につけるもの、、指輪の位置は使える

指輪をはめる位置で意味が異なるというまじないがある。この"まじない"が悪い方面で動くことはない。なぜなら、指輪を意図しない指に付けさせられることは滅多に起きないからだ。

こういう意図して作り、偶然に別のまじない効果を受けることが無いようにすれば、まじないを文字通りに使うことができる。

所持することで意味を発揮するようなまじないは、目につくところに付けると良い。理由はその意味を思い出すからだ。信じること、思い出すことがループして効果を発揮させる。発揮させてしまう。

 

タロットカード占いは微妙かな。ランダム性がある。タロットカードの中で、自分が目指したい目標に近いカードを探して、飾ったりするくらいなら有りか?とにかく、意図して選ぶ作業で構成しないと破綻する。

タロットカードは1枚に描かれているものから色々読み取らないといけなくて複雑だから、もっと単純なモノの方が良いと思う。覚えづらいし。指針として弱そう。個人の解釈だけど。

まじないと占いは使い方が異なる(2021/01/17追記)

ざっくり言うと「占いは今までになかった選択肢を見つけるものだよ」という良記事を見つけたので貼っておく。

あとは数秘なんかも、儀式を通して使えば良いような気がしている。要は「数字が意味を持つのは儀式があった時だけだよ!」と脳に条件付けする感じだ。(今後使うつもりは一切ないけど)

使うとしたらオリジナルな抽象画とかかな。

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