充実した人生に必要なのは子育てなのか?

 

前々から子育てについて興味があった。それは子育てと自分の立ち位置をどのように取っていけばいいのか分からないからだ。

人によると思うが、現在の自分では子育てを取りいれた人生は選択しない方がいいと考えている。その理由を具体的に肉付けしたいという思いから考える。考えている途中で良いアイデアとか発想の切り替えが有れば面白そうだ。

子どもを持つというのは人生の転機なのに、考えもせずに感情理論のみで子どもを作ってたら後で後悔しても遅いだろう。それに、後悔して子供に迷惑を掛けるくらいなら作らない方がましだと思ったりもする。個人の解釈なので悪しからず。

子育てを前向きに楽しめる人は子供にとって有りがたい

 

Twitterの引用記事のように、子育てを楽しもうとする親が増えてくれると子供としては有りがたいと思う。

子どもは自分で育つ力があるから、その環境さえあれば勝手に育っていくと思うんですよ。パパやママが「いい子育てをしなければ」と思うと、どうしても親のエゴが出てしまう気がします。 

引用:育児で自分の時間がなくなる… パパ初心者の不安への処方箋とは? | ハフポスト

 子育て環境を提供するのであって子どもに思想を植え付けるのではないという発想もいい。実際、子どもは親よりも学校での生活環境に影響を受ける。学校で過ごす時間の方が圧倒的に多いのだし、当たり前と言えば当たり前だ。*1そういう意味で、友人関係の調整に親が入るのは幼いうちは場合によって悪くないんかなと思ったりする。

参考:親がどんな育て方をしようが子どもの性格にはほぼ影響がないんだから、子育ては気楽にどうぞ。みたいな話 | パレオな男

学校も学習環境の整った私立の方が成長後の価値観生成に役立つと思える。もちろん、私立に全員が行けるわけではないが、行った方が子供にとってはプラスになる場合が多いとは思う。小さな例でいえば、エアコンがかかっている教室で勉強できる人とそうでない人では学習の質が違うよねという話。そういう小さいことなどが積み重なると差になるとは思う。

30代からは環境要因よりも習慣要因と遺伝要因が人生に関係してくるという話もあるから、環境提供を含めて習慣を身に着けるための機会を与える方が長い目で見た時にためになると思ったりもする

 参考:「fig10 男性の収入に及ぼす遺伝と環境の影響の年齢による交互作用」行動の遺伝学-ふたご研究のエビデンスから - J-Stage

 

こういう風な気を使いながら子育てをしていくのが最善かなと思ったりする。

親には子供にとって2つの側面がある

どうしても親には「投資する」という側面と「私人」という側面がある。

  1. 私人の側面:同じ目線で語り合えたり、コミュニケーションを通じて信頼関係を作ることができる。友人や恋人を作る時の信頼関係と似ているはず。
  2. 投資する側面:子育てをしたのだから、子供にはこうなって欲しい、こうなるべきだ、親の意見だから聞かなくてはならない

という両面が存在している。記事のように、慈善的な意味を込めて子育てをしている人であれば子供の負荷は少ない。私人として、まるで友人のように子供と接してくれるのは子供としても気楽だし感謝もしやすいと思える。

だが、投資する側面が前に出ると子どもはYESと言わざる負えない。経済的に自立しているならまだしも、そうでない子どもは窮屈な思いをしていると感じる。もし、考え方が相反する場合は感謝というよりも恨んだり喧嘩別れをする場合もあると思う。

 

もし、自分が子育てをする側の立場になった時は、なるべく慈善的な投資をするのが、子どもという弱者を平等に扱う目線として大事だと思う。

子育てには子どもの選択を見守る責任があり時間を必要とする

 自分は記事の人みたいに、子育て、、つまり人が育っていく過程に関わることに人生の幸福を感じづらい。そして子育ては多くの時間を必要とする。

子育てから多くのものを得られると感じるのは人との関わりに幸福を感じやすい人だと思う。人との関わりに幸福を感じない訳ではない。ただ、幸福を感じる総量を考えたときに、子育てを通じて幸福を感じるよりも別のことを通じて充実した一生を迎えるのもありだと感じる。

もちろん、子育てを通じて変わったという人もいるだろう。けれど、それは元々好きだったか。もしくは

愛情と信頼を深めるホルモンと言う別名を持つオキシトシンは、赤ちゃんとママを結びつけるホルモンです。赤ちゃんを愛おしく思うようになるのは、このホルモンの働きです。

参考:妊娠中のホルモンについて知っておきたいこと

というように、女性が妊娠を通してホルモンバランスが変化することで、人との関わりに幸福感を抱きやすくなる場合もあると感じる。もちろん、これは論文ベースで見てないから説得力には欠けると思う。何の要因が、子どもを育てたいと思わせるに至ったのか統計で知らない。

september36.hatenablog.com

子どもを持たずに老後まで過ごすこと

 祖父母の同世代友達で多趣味で子育てをしていない人の話を聞いたことがある。その人が趣味を通じて楽しく生活してるのを聞くと、自分も子どもを育てるより趣味に時間を費やす方が人生を楽しく過ごせるのでは?と疑問を持った。

 人と一緒に遊んで楽しいという経験よりも、独りで考えたり想像したり作ったりする趣味経験の方が小学生から今まで多かったのが要因だとは思う。そういう性格の自分が、より人生を謳歌する方法として良いのは、人と絡むことを主目的にするんでは無くて、趣味を通じて人と絡むようにするのが理想だと感じる。

 

 そういう人生を歩もうと決めたときに果たして子育ては必要なのかと考える。趣味の人間関係を築くなら、子育てというよりは趣味コミュニティに積極的に参加したり運営側に回ることで、人と絡みながらも趣味によって存分に楽しめる。老後に独り身で寂しいという部分も、コミュニティにおいて役割が出来ていれば誰かと関わることも出来るし、趣味が充実して老後に暇になることもないだろう。

https://pbs.twimg.com/media/EEfkFbIUEAAHGM1?format=jpg&name=medium

高齢者は生活環境において「孤独を感じる」「娯楽がない」という欲求がある

引用:経済産業省 平成28年度産業経済研究委託事業「日本の中長期ビジョンの検討に関する調査」

自分のような人間が子育てをしたいと思うようになるには、、

子育てをしたくない理由として

  • 子どもを育てるには時間がかかる、労力がいる
  • 趣味で得られる達成感や楽しみに比べると浅いと感じる

の2つを挙げた。それをどう改善したら有りだと思うのか考えてみる。

お金:養育者を雇う

時間がかかることはどのように工夫したらいいのだろうか。それこそ、お金を使って時間を買うように、誰かに育ててもらうという選択肢はどうだろう。養育してくれる人を雇って定期的に子育てから解放される時間が担保されていたら、時間に縛られずに自分の趣味時間を増やすことが出来る。

人:集団で子育てをする

奇想天外な見方かもしれないが、面倒をみるのを一緒に行うことで一人が抱える労力が下がるんじゃないかと思った。ようは、子育てをしている家族が一緒に生活を行うというものかな。信用を得られたら一緒に生活をしましょうという共同任意性にして生活をしてみるというアイデア

検索するとシングルマザー向けのサイトが結構出てきた。普通の家族でも導入してみてもいいんではないかと思ったりする。まあ保証はできないんだけどね。。。

シングルマザーが子どもと一緒に入居できるシェアハウス「ペアレンティングホーム」

参考:子育ても家事も楽しく両立!話題の「子連れシェアハウス」とは? | 子供とお出かけ情報「いこーよ」

。。。。ぐらいかな。現実的なアイデアかどうかは分からない。時間と労力を分散する方法は取りあえず見つかった。

 

次は「趣味コミュニティに属した人生」と「子育てをした人生」で、後者が多くの楽しさを生むためにはどうしたらいいのかか。。。が考え付かない。

子育てを楽しむコツみたいなのを布教してくれたら変わるのかもしれない。

  • ひとりの人を育てるくらいだったら、多くの人に瞬間的に役立っていた方が嬉しい
  • もし子育てに専念するのであれば、いっそ園長先生になって子育てを極めた方が楽しい気がする。趣味もしつつ子育てもしつつ仕事もしつつの人生は、中途半端になりそうに思う。
  • 趣味に特化してコミュニティ属すから老後に寂しくなる可能性は少ない

という3点を踏まえて、布教が出来る人が居たら、その人の意見になびくかもしれない。

*1:ただ虐待とかはネガティブな影響を与える

モテる系心理学本への感想

 
メンタリストDaigoの恋愛心理学の話とか,恋愛系の心理学の本を前に読んだのを思い返しての感想を書く.男性脳と女性脳の話を最近聞いて思い出した.
男女脳戦略。――男にはデータを、女にはイメージを売れ

男女脳戦略。――男にはデータを、女にはイメージを売れ

 

「対人関係において魅力的な人になればモテる」

異性であれ同性であれ魅力的な人は慕われるというやつ.
  • 自信:やりたいことをやっている,人生の目標,成功体験
  • 信頼できる相互関係(長期的な魅力):感情への共感、考え方への理解からの安心感
  • 自分にない能力がある(短期的な魅力):憧れ
人と仲良くなるための方法としても使えるから面白い.モテたいと思うなら,
  • 日常生活を充実させる
  • 日ごろから質のある人間関係を作る
  • 自分の強みについて考えてみる
をするのがいいと思った.質のある人間関係では,対面で喋る以外にも文章を使って考え方を整理して伝えるのはいいと思っている.その例として,SNSで知り合った人は相手の内面を理解しやすくなって結婚後も良好な関係が続きやすい説がある.会話の方は感情表現が多めな印象がある.
感情への共感と,考え方への理解はそれぞれ違った意味で重要だと思う.

「環境によって魅力度が変わる」

  • 属している環境の中で輝いているのか
周囲の人と比べられるのでその中で役割についていれば魅力的に映る.
やりたいことを生き生きと出来る環境にいれば,おのずと魅力的な人になる気はする.
自分の居場所を見つけてみるのがいいのかもしれない.
  • 接触のしやすさ:住んでいる家の距離が近いか,日常的に出会う回数が多いか
仲の良い友達の近くに住むと幸福度が上がるという研究を思い出す.異性と地理的に近い距離に住んでいると恋愛対象として見られやすい.
個人的な感覚でも,距離が遠いと移動時間で疲れてしまう.体力がめちゃくちゃあれば別なのかもしれない.
心理的な距離についてはインターネットが発展してSNSでコミュニケーションが取れるので,遠くなるとは一概には言えないかもしれない.
 
最近Youtuberになったカジサックが綺麗なお嫁さんとの馴れ初めを語っていた.恋愛のために,県をまたいで車で送迎しに来るという発想がクレイジー過ぎた.クレイジーだからこそ芸人たり得たのかと勝手に納得していた.いやムズイ(笑)
 

人生を密にしてたら勝手に上手くいきそう

モテたいなら,趣味の人間関係を広げて趣味を楽しむための環境を整えたらいいと思った.モテる事についてはあんまり意識しなくてもいいような気もする.
異性の多い趣味の方が機会は多いとは思う.趣味を複数選ぶことが出来るなら.そういうのを敢えて選択するのも手かもしれない.
 
恋人と友人関係での付き合い方でブラックジョークの効果が違う。友人関係では好意的になる。好き勝手言い合える仲がいいというやつだとは思う。
対して、恋人関係だと喧嘩になるのでやめた方がいいらしい。確かに、恋人が一緒にいるときにブラックジョークを言ってる姿を想像するとへこみそうだ。、
 

ホラーが苦手

 

怖い話が苦手だ。正しくは、怖い話を聞いて怖い気分になるのが嫌だ。

脳内処理のエラーとして、この世にない存在を見てしまうことはあると思っている。それは別にホラーに限らず、思い込みや心理的な気分が影響してると思っている。

  • 地位が高い人とあった時、その人の身長が通常よりも高く感じる。
  • 嫌な人から変なオーラが流れてるように感じる。
  • 好きな人との距離感、そうでない人との距離感は、無意識のうちに調整されている。(距離が心理的な部分で歪んでいる?)
  • 人間は現在を見ているわけではなく、脳内で処理された後の遅れた映像を見ている。
  • 音楽を聴き慣れていると音が細かく聴こえる。音楽を処理する脳のつながりが強くなるのと関連してると思われる。→ホラーの想像ばかりする人は、その脳のつながりが強くなっているため連想しやすくなっている?

ホラーなモノが現実世界に存在してるというわけではなく、連想して想像することで見たように錯覚することがあると思っている。心理的な状態、過去の想像体験が見るものの感じ方を制限してしまう事はあると思う。

 

関連した話だと思うものを挙げてみた。

  • タルパ:同じキャラクタを連想し続けることで妄想のキャラクタと喋る。
  • 漫画家が漫画を書いてる時にキャラクターが語りかけてくるという話、職業病に近いか。「アニメが放送されてからはアニメの声で語りかけるようになった」という話は笑えた。
  • 江戸時代、日本人は妖怪の仕業を信じて見たという噂が流れるが、外国人は妖怪の文化を知らないのでそもそも見なかった。

ここら辺の話から、「ホラーってもしかしたらあるかも?」と信じる辺りからエラーが発生するのかなと思う。

意図的に想像して補強しているものを上に上げてみたが、無意識でホラーな想像を補強することで同じようなものを見ることが出来るんじゃ無いかと思う。

「分からないこと + 怖い状態で冷静に考えない + ホラー想像体験 = ホラー想像体験」という式が成り立っていそう。ホラー想像体験は人から聞きづてでも作用するし、自分で思い出しても作用するとみてる。

ホラーな想像をしてホラー妄想と同棲するとして、利点がないし生活が不便になる

ホラーな妄想と同棲して役に立つことなんて無いだろうと思ってる。

そのため、ホラーな出来事については徹底的に推理して取り敢えずの批判的な解釈を行うようにしている。「こういう捉え方もあるよね?」という疑問を残せるだけでも良い。「いやそれはシュールで面白いな」という突っ込みも怖さが半減されるので良い。

自分なりに答えを出すこと、違ったフィルタ(例:コメディ)で観ることで安心する。フィクション要素が強いとSFとして見れる場合もある。

ホラーの中には意図的に作られた話もある
  • 夜中に爪を切ると親の死に目に会えなくなる→当時は夜が暗かったので、爪切りで怪我をする場合があった。
  • 〇〇をしないと鬼が出る。→子供に言うことを聞いてもらうための手段。
  • お墓参りをしないと祟る。→大人に言うことを聞いてもらうための手段。
  • 夜、交通整備をしていて、走っている車を止めたら暴言を吐かれたので、嫌がらせで「隣に女の人が乗って何か言ってますけど?」と怖がらせてやった。

子供でなくても、想像力が豊富な人はホラーが説得するための交渉材料になる場合がある。

偽造された心霊写真のように、周りから注目されたい人、コンテンツ製作者としての腕前を試したい人が作っている場合もあると思う。

ホラー映画を観るならむしろひとりで突っ込みながらになるけど、ひとりだと別の作品を観る

怖い気分になるのが嫌なのでメタメタに突っ込んで作品を楽しむことになる。独り言を言えない映画館で楽しむのは無理だ。怖くなってしまう。

一緒に観るとしても、始終突っ込むので雰囲気を楽しみたい人は面白くないかもしれない。

それじゃひとりで観るかと言うと別に見ない。

 

ホラー映画を観ることのメリット

ジェットコースターのようなもので、見終わったあとにスッキリする。

 

 

 

車を運転しない生き方

 地方で産まれて地元の大学に通い。通学手段として車を使っていた。実際に使っていて、長期間の運転は人生でしたいことの利に適っていないと思った。その理由を書いてみる。

卒業後は車を使わない生活をしたかったので、公共交通機関が整っている地域で就職することにした。

車に乗りたくない理由

法定速度内で走っていないのが気持ち悪い

地方の自動車はほぼすべて法定速度外で走ってる。法定速度内で走ると煽り運転をされる可能性が高まり、運転していて疲れる。警察の取り締まりでどうにかなる問題ではない。現在の法律であるかぎり運転していて気持ちが悪い。

気分的な問題なので、法律を改正して法定速度の定義を更新してもらえば問題ない気はする。

企業車が法定速度を守れていないし、運転マナーが悪い場合がある。

地方に暮らしている目線からだが、安全運転を掲げたシールを貼った企業車も、法定速度内で走っていなかったり荒い運転をしてる場合が多い。就業時間に追われて運転している人は、法定速度について考えるよりも仕事を早く終わらせる方に目を向けるだろう。企業としても、自社の社員が車運転が荒くてもお金が集まればいいのだから問題ない。

企業の文化が働く人の家族に派生するので、企業の方で従業員の運転をコントロールして欲しい。コントロールするのが馬鹿らしいなら法改正を望む企業として活動してほしい。ほぼ全ての企業が望んでるんじゃなかろうか?

www.nikkei.com


※コントロールしてる企業もあるが全体数が少ない。慈善であればこういう企業に投資したい気持ちはある。金銭的弱者としては思考開示しか出来ない。

安全性ではなくスピードを売りにした車の売り方は微妙

車の広告はほとんど見ていないし、観ていたとしても興味がないから記憶から抜け落ちている。だからこの意見は憶測でしかない。

車は目的地に全員が無事にたどり着くのが大事であって、自分が早く目的地に付くことではない。普段使いの40キロ50キロを想定するならスピード性能はそこまでひつようではない。初速度が速くてもどうせ次の信号で止まるのだしあまり意味はない。

もし、車のスピード性能を求めて新しい車を買う人が一定数いるのなら、疲れるし走りたくなくなるかな。自動運転車のように、運転ではなく移動手段として最適化されるのなら問題はないかもしれない。

利己的運転が制御できない。

場合によって顔を見られないし、匿名で運転しているようなものだ。SNSの匿名性での問題と似た問題がある。

  • まず運転者間でのコミュニケーション手段が少ない。左右に曲がることを教える指示器はあるが使っていない人間が地元では多かった。もしあったとしても少なく感じる。
  • 利己的な運転をすることへのデメリットが少ない。
  • コミュニケーションがあれば避けられる渋滞もあると感じる。

もちろん煽り運転をされて違法性が問われれば大丈夫だが、違法性が問われないようなわざともあり、蓄積すると嫌になる。ルールを守っている方が損をする環境が嫌だ。
信号で止まっている時だけ車車間でスタンプメッセージが送れる車とか、運転以外に集中し過ぎて事故にならない程度にコミュニケーションが取れる車が有れば良いと思った。自分は乗らないけれど。

その他
  • 運転時間か長くなるのが嫌だ。

単純に地方は移動時間が多いので、公共交通機関が整っている場所よりも自由に使える時間が少ない。
人生の時間をもっと有効に使いたい。とは言え、満員電車のストレスは車のストレスよりも多いのでなるべく乗らない生活を心がけたい。

  • 信号の変わるタイミングが利に適っていない。

信号を変えるタイミングを、量子コンピュータ最適化問題として説いてもらい、その結果を信号に導入する未来がほしい。意味のない待ち時間がある。

  • 老人の運転は死者を出しやすく、若者の運転は事故を起こしやすい。

統計データが取れているのに解決策が不十分な気がする。

  • 整備するのが面倒

ガソリンを入れる、車検、修理を考えると手間がかかる。

  • 自動車に乗ることで起きる事故:誰か轢くリスクがある

リスクがない方が安心して暮らせる。もちろん、歩行者や自転車で巻き込まれるリスクは常にある。

運転のメリット

車を使わないと行けない場所

地方の主要駅から離れた場所に住むと、車に乗らないと生活できない。公共交通機関が発達して、衣食住が確保しやすくレジャーも楽しめる場所に住めば問題ない。

→付き合う人と結婚して子育てまでを考えると結婚相手方の実家に近い方に住むのが良くなる。
→結婚相手の実家が地方にあると運転をした方が良くなる。
→自分の意志が削られるのも、相手に迷惑を掛けていると思うのも嫌なので、そこそこ便利な場所に実家がある人でないと結婚は考えたくない。

旅行に行くときにあると便利

レンタカーを借りる

 

テレビを観ることのメリットって何だろう

 

来年から新卒で一人暮らしをする。テレビは買わない。テレビのメリットと他で代用する案を考える。

テレビに関する記憶

テレビは小学生の頃によく観た。ビデオテープに撮った犬夜叉を何度も観たし、ジブリ作品やポケモンドラえもんサザエさん、をよく観ていた。振り返るとテレビでアニメを観ることが多かったように思う。

中学生の頃はコメディ系のドラマや映画もよく観ていたのを覚えている。TRICKやSPECのぶっ飛んだ世界観が好きだった。海外ドラマのHEROESもよく観ていた。

高校になると政治やニュースに興味が出て、たまにテレビを観ることはあった。けれど、学校では部活に2つ所属していて、放課後は将棋を指して、家ではスマホで友達と通信対戦で将棋をするか、絵を描くか、Podcastを聴くか、カラオケに行くか、実況動画を観ていたので、テレビを観る時間はほとんどなかった。

ニュースもスマホで観れば十分だったし。特に必要性を感じなかった。

現在では、テレビを使わなくてもネット動画配信サイトでドラマや映画が観れる。TwitterなどのSNSRSS機能を通じて、政治関連や興味のあるニュースに絞って情報収集できる。最近だと、音声ニュースで2倍速にして聴くのも有りだと思ってる。

 

テレビのメリット

(周囲がテレビを観ている人達ばかりに囲まれている限り)時事ネタで人と共通の話がしやすい

テレビが発売されてから少し経ったくらいの日本を想像したら良いかな。大衆文化を支えていたのがテレビだったらしい。「昨日テレビで見たアレ良かったね。」「最近のテレビで話題になってるニュース……」のように、全員がテレビを観ることが当たり前だったからこそ、互いが知っている話題がすぐに見つかって話が振りやすかったんじゃないかなと思う。

現在だと、ネットの発達によって個人個人の趣味が尖っていって、共通の話題ってのは探しづらくなっているんかなと思う。それを補うのがSNSTwitterとかで、RTで情報共有したり、ツイートしているのを観て共通の話題を見つけたりするんだと思う。

現在は別のメディアで代わりが効くから、テレビだけのメリットではない。

専門性の高いニュースでは専門家の説明が助かる

専門家が詳細にコメントすることで、ニュースについて深く知れたのが良かった。

これをテレビ以外で代わりを効かせるなら、専門家のTwitterをフォローしてニュースの分析を読むくらいが考えられるかな。専門家が専門外のコメントをしてる場合は素人と変わらない場合もあるから、注意して拾うようにはしたい。

質の良い発言や考察をする情報源を確保したいよね。

お笑いのコンテンツが面白い、、と思ったけど、そんなに見てないんだよな。サンドイッチマンを観るのは好き何だけど、それ以外は特にない。

これで思いついた。お笑いを売る方法がテレビメディアが1番効果的だと多数の人が思ってるのが惜しい。

芸人専用のネット動画配信サイトを作る。その動画は会員のみが見れるようにする。会員費で集めたお金をあるレートで芸人達に分配する。

会員は1ヶ月ごとに(15、20動画観たらでも良いかも)、観た動画に順位を付けてもらう。ランク外にするのも有りにする。

芸人は、その順位によって貰える報酬が上下していくというもの。

社会を風刺したドラマが観れること

原作が小説だったりするから、本を読めば事足りる。ドラマ化したものを配信サイトで観れたら良い。

敢えてテレビを観ない理由

ニュースについてSNSやブログ、Evernoteなので考察するときに、ニュースサイトのURLを引用する。テレビは引用しづらいため。 

情報から自分の考えを深めていくことを前提に考えると、テレビでなくてもいい。

暴力的なニュースを観るのが不快なため

もしSNSで流れたとしてもミュートにしたりブロックできるが、テレビでは平気で流すので観て損することがある。推理小説を読みたくなかったのも人が当たり前のように死ぬシナリオが気持ち悪かったからだった。

SNSベースで暴力的なニュースを目にして、それから考える種にすることはあるが、テレビのように不快なシーンを繰り返し観なくて済む。

CMのない動画コンテンツを視聴したい。ドラマや映画は一気に観たい。好きな所から再生したい。早送りで再生したい。興味のないニュースや考察が薄い話を飛ばしたい。

テレビのコンテンツをネットでいつでも観れるようにしたら良いのにな。面倒くさい。シークバーにして欲しい。

 

Youtubeの広告なし配信が魅力的で悩んでいる。けどYouTubeと契約するくらいなら、別の動画配信サイトNetflixあたりと契約する方が充実しそうな気もする。悩み所だ。YouTube musicとSpotifyの品揃えを比較してから決めたい。

 

 

 

 

海外アマゾンを使ってボードゲームを買う

 
円高だし海外アマゾンでボードゲームを買うか考えていた。
 
海外アマゾンを使うときは、輸送費を含めて安いかどうか判断する。
商品の値段にdetailと書かれていてクリックすると輸送費が分かる。購入したい商品で決済する直前まで行くと輸送費が表示されるので、そこでチェックしても良い。
複数個買うことで輸送費が節約できるのかは調べてない。海外ボードゲームで欲しいものが複数あったらまた調べてみる。
 
 

 海外製のボードゲームを購入した

 「宝石の煌めき」という商品で海外版と日本語版が出ている。別に英語でもルールは分かっているので特に問題はない。

宝石の煌き (Splendor)

宝石の煌き (Splendor)

 
 ※ 2019/8/27での値段
海外Amazonでセールをしてくれているのが良かった。通常よりも1000円ほど安く手に入る。 
 
この値段だと「操り人形」を買う方が良いかなとも悩んだ。
あやつり人形新版 完全日本語版

あやつり人形新版 完全日本語版

 

 研究室の先輩が持っていたのをプレイして楽しかったのを覚えている。3000円で付属品の作り込みがしっかりしているのもポイントが高い。

 
でもレビューやランキングを見ていると「宝石の煌めき」もかなり楽しまれている様子だ。初心者にも分かりやすいのが良いのかもしれない。
「操り人形」はある程度ボードゲームでの落としあいに慣れている人がやるのに向いている。「宝石の煌めき」は。初心者でも楽しめるし、慣れてきて深く遊べるのが魅力か。
 
3000円のボードゲームを買う時に勇気がいる。。。2000円だとまあいっかくらいに買うんだけど、3000円になるとな。自分の感覚が良くわからない。
 デジタルゲームを買うよりは自分が意図したマーケット感覚で決断が出来ているのだし。いいのだ。これでいいのだぜ。ハハハ。ふう。
一応、1000円くらいは得するお買い物にはなっているのでいいか。
 
色々なレビューを見ていると箱がデカすぎると書かれているので、
別の入れ物を用意して保存するのは有だと思った。

自我について

 

自我について哲学をした人たちと言うのは昔に何人もいる。そして、現在も自我の細部については分かっていない。

答えは出なくていいので自我について考えてみたい。追記するのでバラバラに書いていきます。

 

  • 生物としての自我

人間も動物と同じように、自我がある時とない時があると思ってる。

「狩りで獲物を追うときや協力する際に、相手の気持ちや行動を予想するために脳は発達した。それを内側に向けて、自分が考えていることに気づけたことが自我のはじまり。」という説を推しておく。

 

 

  • 自我とは何か

目が覚めている時に考えながら行動することかな。感情を出している時や、考え事をしているときに自我があると思っている。それと、自分の考えていることが他者に直接伝わらないことも特徴だと思っている。

脳を構成しているニューロンは電気信号でやりとりをして、記憶したり考えたりしているけれど、その電気信号が届くニューロンの範囲内が「自我」を作り出していると思っている。

 

  • 自我の継続性はどこにあるのか

睡眠を取っている時に自我は眠っていると思っている。

 

  • 自我は分裂するのか

 

  • 分裂するとして、今ある自我はどっちに行くのか、

 

ランダムで移動して、思考の一部が記憶喪失のように思い出せなくなるんかな。

 

  • 自我は吸収される

 

もし自分よりも大きな自我に会ったらどうなるのか。自分よりも大きな脳に取り込まれた時にどうなるのか。自我は吸収されてしまいまい。大きな脳の一部として、少しの意思を残したまま動くのかな。

 

これは脳が直接繋がれてなくても、現在でも起きていることだと思う。文化の影響や外部からの影響、特に鹿や犬のような動物が感じていない影響を人間は受けている。自我が溶け込んでいるとも捉えられる。

 

 

 

 

 

 

  • 脳の脳による延長はできるのか

もし脳のニューロンが発する電気信号を別のニューロンと繋げることが出来たら、新しい自我の形が生まれるのではないかと思う。

 

  • 脳の延長を外したあとに残るのは何か

 

  • タコ足の気持ちになる

*1

タコの脳と、タコの足はニューロンで出来ている。ニューロンは独自で考えることができるのが特徴だ。タコの足は、タコの脳による指令で動かす事ができるし、タコの足単体で動かすことができると読んだことがある。

 

自分よりも巨大な脳に吸収されるというのは、自分がタコの足として生まれてきたときと類似するように思える。

 

タコの別の話で、本体が逃げるためにタコの足を切り離して食べさせるというものがある。もし、タコの足として生まれたとしたら、本体のためなら犠牲になる可能性もある。

 

思想についても同じように思う。知らないうちに自分が足切りのコマとして使われている場合もあるかもしれない。

 

*1:タコ同士で貝のマンションを作ったりするとこ好き