自立した人間を目指し続ける

 
 不登校で小学生Youtuberをしている話題を観た。そこで出てきた自立という言葉が気になった。自立というのは相対的な価値観であり、評価するには必ず対象となるものが存在しないといけない。
例えば、現在の自分が社会的に自立しているのかは、のちのちに必要となってくる人間関係の想定量との比較になる。未来の理想的な自分との比較がある。
 
自分が思う自立は、下のような関係にあって、依存対象が増えれば増えるほど、その人は自立した人間となっていくと思っている。ちなみに完全な終わりはない。
 
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学校に行くときのメリットは、依存対象を増やすキッカケが、行かない場合よりも多く見つかるからだと思っている。 逆に、学校に行って、依存対象を増やすことがメリットとして映らないのであれば行かなくてもいいのかなと思える。
 

自立の種類について

 自立にも種類がある。それぞれの段階で自立に近づくことが結果的にリスクを分散させることに繋がるかな。
生活の自立:日常生活を行う
経済的自立:稼ぐ
社会的自立:人間関係を自分で作る
精神的自立:ストーリーテリング、信仰 
他にも探したら見つかると思う。こういう種類ごとに、依存対象をだんだんと増やしていくのが自立へと近づいていくように思う。

自立するために育てるもの

自立をするときに、こういうものを自分の中で育てていけば自立に近づけるのかなと思っている。遺伝的な影響によって、得意不得意は分かれるのだが、すべて後から育てれる能力なので、磨いておいて損はないと思う。

論理的に批判する能力:リテラシ

物事を解決するために必要となる。IQの高さとは関係なく、論理的に考える癖があればトラブルを未然に防げる可能性が高まる。

創造的に解決する能力

トラブルを創造的に解決したり、目標を同時に満たすような作戦を練ることが出来る。労力に対して帰ってくる結果が大きくなる場合がある。

感情知性:表現力、共感力

人間関係を作るうえで、相手の気持ちを察したり、自分の気持ちを表現するのは必要だと思っている。 

 

 結局は、経験や知識がものを言うようになってくる。自立は突き詰めるとキリがないので、いつまでも続けていられる。自分が自立していると思った瞬間、自立を諦めた瞬間にモチベが下がると思う。伸びしろを見つけて満足しない目線が欲しい。
また、自立は比較対象との評価になるので、へこまない対象との比較をしつつ続けて行ったら続けやすいと思う。続けることの方が大事になってきそう。
 目標は高く持つよりも、達成可能で前よりも進歩している目標が良いと思う。
 

こういう絆の作り方もあるんだな「対岸の彼女」

 
日常の小さな前進を描いた作品だった。文章が読みやすいのも特徴ですね。
ひとつのドキュメンタリーを見せられた気分になった。この物語と同じように悩んでいる人を見つけたり、同じ境遇になった時に、この作品を読んでいて精神的に救われるかもしれない。辛い目にあった時には「同じような目に合っている人は他にも居るんだ」と思えば痛みも安らぎます。
対岸の彼女 (文春文庫)

対岸の彼女 (文春文庫)

 

作者はどういうテーマを入れていたのか

 働く女性と専業主婦をそれぞれ主人公として描くことで、環境の違いからくる心情の違いを対比しやすくしています。ふたりの主人公を魅力的に描いているので、ふたりが解釈のすれ違いで仲たがいをしていく様子がヒヤヒヤします。本を読む側としては、何行か前には相手の心情が書かれているのに、舞台の2人は片方の世界しか知らないんだなと。

 

働く女性としての葵、専業主婦の小夜子、立場が違っても理解して絆を作ることも可能なんだよと伝えているようでした。こういう物語が知られることで、多少なりとも、働いてる女性と専業主婦の女性の間で協力関係が出来たら良いのになっていう新しい関係性の提案かな。
その中でも、物語では主体的に行動することが大切だと伝えているようでした。自分が前から疑問に思っていたこと、みんなの前では発言したことが無かったけど本当は思っている事、そういうことを自分なりに行動に移して、失敗をするかもしれないけど、それでも前よりは良くなっていく。そういう目線を教えられた気がしました。
 
この作品で中心で描きたいのは、女性同士の友情の在り方に思えました。後から知ったのですが、本人が自身の本について語っている記事も有りました。

男性側としては

男性目線では、嫁姑関係が面倒くさいことを事前に知っておけば良かったり、育児と家事に関わる姿勢があればいいのになという目線があった。
子育てのしやすい環境について
  • 夫よりも、妻の両親に近い家に住む
女性が義母に子育てを手伝ってもらうのは、心理的に負荷がかかることが多いそうだ。妻の両親であれば、手伝ってもらいやすい傾向がある。子育てをしやすい環境で育てる方が負担が少ない。
  • 子どもが小さいうちは、そこそこ田舎でも良い
保育園や幼稚園に、待機児童として待たされるリスクは無い方が良い。また教育の面でも高校生までは大人数型でなくても良い。
  • 大学生になる頃には、大人数の人と関わりを持てるところが良い
多くの価値観を吸収した方が良い。26歳までには社会で色んな人と関わってる状態が望ましいかな。
  • 日本、韓国は欧米、ヨーロッパ圏よりも、家事分担が遅れている。料理や子育てスキルを身に着けようとしないのが原因だと思われる。

september36.hatenablog.com

 

 

人体実験は恐いね「アルジャーノンに花束を」

 

愛に関する話しかと思いきやドキュメンタリーSF小説だった。知能が高まる薬を投与して、賢くなったが、失敗作だったので、知能がまた下がってしまった話だ。

物語を通しての感想

人体実験は恐いね

もしこれが事実であったなら、安全性が確かめられていない人体実験は恐いなと思った。チャーリィはIQを高める薬を与えられて、知能が高くなるのだけど、最終的にはIQが元に戻ってしまう。ただでさえ知能が高くなったことで環境への情報量の多さに戸惑っているのに、追い打ちをかけるように自分はまた知能が下がっていくことに気づいてしまう。

この物語の根幹は、非道な人体実験に由来するものが8割ほどだ。「こんなことしてしまう世の中にはなりたくないね~」「人をモノとして扱うなよ!」って話かな。

過去の自分を毛嫌いしてしまう

後半のシーンで、過去のIQが低かった自分が現在の自分を見ている、という妄想に取りつかれていき狂気に陥る。そして、過去の醜い自分を罵倒して、現在の自分に嫌気がさすようになる。

もし、過去の自分が見えたとしたなら、その自分を迎えてやればいいのにな。過去の自分をそのまま否定することは、結局は現在の自分を否定することに繋がるのだから、継続していること変化していることを見つめればいいのに。それだけでいいのにな。

 チャーリィはストーリーテリングをしている最中だったのだろうな。

september36.hatenablog.com

愛だけではなく、共通価値観も必要ではないか

肉体関係のみによって充足を得るチャーリィとフェイには共通点が無さすぎた。ふたりの距離は日常が進むにつれて離れていくようになる。長続きするカップルと言うのは、共通の趣味を持っていることや、笑いの場所が似ていることがある。フェイは「ダンス、芸術」でチャーリィは「研究、数学」だった。

最後の方で妹のノーマと会うシーンがあり、過去を回想する。これがチャーリィの求めていた共通の価値観だと思った。

チャーリィはどうしたら良かったのかを考えた

冒頭で、作者から「知識は人と人との間に楔を打ち込む」と問題提起についてのネタバレから始まる。

  1. チャーリィが知的しょうがい者から、特殊な薬で全知全能人間になる
  2. 人との間に楔を感じて葛藤する:今までの周囲からの反応は、自分を好きで仲良くしてくれた訳ではなく、蔑んで優越感に浸るためだったと知る。周囲はチャーリィが自分よりも賢くなったことに困惑して気味悪がる。
  3. 同じ境遇のアルジャーノンに共感する

この後に、チャーリィがしたら良いと思ったのは、チャーリィのことを知る人がいない町で新しく人生をやり直す事かなーと思う。今までのチャーリィに関わってきた人を許す寛容さを得るのも、復讐心を抑えるのも、別の町でやればいい。破綻している人間関係を修復するよりも、まだ築かれていない人間関係を新しく作る方が、労力は楽に済むからだ。

新しい体験を探して動きまくって、過去をグズグズ考えなければ幸せになれるよ!

2000人に聞いてわかった「幸福な人と不幸な人」を分ける3つの特徴:https://yuchrszk.blogspot.com/2018/01/2000.html

それと関連したもの

頭がいい人は孤独な方が幸せになれる(少ない友人で良いということ)

友達いない方が幸せな人の条件とは?:https://daigoblog.jp/intelligence-friends/

これを念頭に置くと、チャーリィは賢くなっていくと、新しい趣味を手に入れて、新しい知識の探求に夢中になっていき、幸せを掴んでいくようになってもおかしくない。実際に、研究に没頭しているシーンもあるし、妹のノーマンとの会話で「旅行に行く」と語っている。

知能が高くなったままであるなら、チャーリィはHAPPYENDに進んでいた。

知能の高さは、精神的な豊かさを表してない

 冒頭で作者が語っていることに対しては賛同する。

現在の学校教育では、高いIQをもつ子どもたちに褒賞を与える傾向にあるので、高いIQの子どもたちは、IQ以外の社会的、感情的、常識的知能を磨こう、という気が起きにくく、不幸な結果になるのでしょう

参考:https://www.vice.com/jp/article/paq7ng/only-stupid-people-have-lots-of-friends

この記事は、論文ベースと言うよりは科学者のひとつの見解なので参考程度に収めとこう。IQが人間の生活を豊かにするひとつの要因に過ぎないのは確かだと思う。それのみが重要ではないはずだ。

  • 批判的能力:ものごとが論理だっているのか考える能力(暗記力とは別)
  • 創造力:新しい方法や価値を生み出す能力
  • 感情知性:思いを言葉で表現する能力

あたりが生活をする上で大切になるかなと思っている。これは生まれながら手にするものではない。また実際に行動する回数も大事になってくると思う。個人の見解なので悪しからず。

どれだけ高性能なPCを持っていたとしても、中に入っているアプリケーションが使いにくいものであるなら、性能は低いが良いアプリを入れているPCの方が使いやすいという話に似ているかな。

 

レイヤーの話

 

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を聞くと、古臭くて現代のニーズに合ってないが、当たっている部分もあると思う。前回の記事から表現してみる。

september36.hatenablog.com

レイヤー(層)の話

絵をパソコンのソフトで描くときに、レイヤー機能を使うことがある。それぞれのパーツだったり色が描かれた透明な紙を、何枚も重ねて作品として仕上げていく、それをパソコン上で再現してくれる機能だ。実際の紙に絵を描くときに間違えた場合は、線を描きなおしたり、色を塗りなおしたりと手間がかかる。この機能を使えば工程を省いて間違えたところだけを直すことが出来る。

こういうレイヤーについて考えている時に、人と関わるうえでヒントになるなーと感じた。ここで、詩と、自分が信仰している発想とを書き並べてみる。

  • 「置かれた場所で咲きなさい」という、現実を受け入れるしか選択肢がない世界、環境での限定的豊かさへの信仰
  • 自分の環境を変化させることができるようになり、「自分の特徴を知って活かしなさい」という創造的豊かさへの信仰

 というのかな。結局のところは、今の自分たちはこの2つのどちらにも当てはまっている状態かなと思っている。恵まれていない環境の人も居る。みんながみんな、経済的に地理的に理解してくれる人間に恵まれている訳ではない。

そうなってくると、前者のような考え方ありきで、後半も徐々に取り入れていく形になるのも仕方がないのかなと思ったりする。

 

どちらにも共通しているのは、人間はいままでの行動理念を肯定するような信仰に対して愛着を持つ。「生きている」から信仰が正しいのだという風にも捉えられなくもない。

その人が直面している環境によって信仰が固定化しやすいことを念頭に、レイヤーが違ったのだと捉えるのはありなのかなと思ったりする。これは常に自分が上のレイヤーに居るという話でもなく。自分よりも良い環境で、研ぎ澄まされた信仰を打ち立てる人も現れるのだろうなという戒めでもあり。自分がらしく生きるための依代でもある。

 

上手く表現できてないので書き直すかも。

スマホで据え置き機並みのゲームができる未来

 

※特に玄人が書いた記事でもないので、後知恵で記事内容を変えることがあります。

jp.techcrunch.com

 

このニュースによって、スマホゲーム会社は苦戦を強いられる可能性が出てきたんかなと思う。と、同時に複雑なゲームを作りやすくなったのかなと思えた。コンシューマゲーム会社は、据え置き機でゲームを出してもらって儲ける手法に、少し打撃が加わったのかなと思う。

kakakumag.com

これが実現するにはスマホが5Gになっていることが必須になると思う。5G回線が使えるようになったら、スマホが通信回路とバッテリと小さな制御回路のみになって、めちゃくちゃ軽いスマホが出てくるのかなーと思っていたりする。

5Gが日本で整備されるには、使用する周波数帯の特性から、もっと通信基地局を設置しまくらないと実現しないし。5Gの規格もまだ決まってないみたいなので、この発表が与えるゲーム業界への打撃はまだ日本では遠いのかなとも思える。

海外でシェアを伸ばしている日本ゲーム会社は既に不味いのかな?とは思ったりはする。

ゲーム進化の理想

高速回線で、高品質なゲームがどこでも出来るようになると、折りたたみ持ち運びが可能なタッチディスプレイが欲しくなると思う。それと小型スマホを連動させて、大画面でゲームを楽しむことが出来るのだ。スマホボードゲームなんかも気軽に楽しめると思う。もしくはスマホに曲げれるデカいディスプレイを付属させてほしい。

スマホで据え置きゲーム並みのグラフィックでバイオハザードとか、ファイナルファンタジースマホで楽しめるのは大きな変化になるだろうなと思う。

 

「みかづき」読み終わった後に考えることが多い

 
三日月って、「新月へと向かう三日月(有明月だから三日月ではない)」と「満月に向かう三日月」のどっちもあるよね?って考えてしまって書評するのを迷ってました。満月に向かう方が三日月なんですね。本の絵もきちんと三日月が描かれてます。
みかづき (集英社文庫)

みかづき (集英社文庫)

 

 

この本は、戦後教育から少し経った学校向けの塾が経営される頃から始まります。主に塾で働く人たちを中心にした物語でした。そのため、「作者が伝えたいこと+実際の様子」がテーマに混じっていました。本に関わった人の紹介で教育機関の名前が並んでいたので、実際にリサーチして書いてることも伺えます。教育の歴史が小説を通して知れるのは分かりやすいです。

作者が伝えたいことを想像して自分なりにまとめてみる

この本を読み終わった後に考えることが沢山あります。現状の教育問題と教育課題についても暗示していますし。

この本を通じて興味が沸いてくれたらいいな~という作者の意図が感じ取れます。

感じたこと
  • 人間的にかけている部分があっても、それがその人なのだ
  • そのかけている部分を補おうとする姿に感動する
  • 社会的に環境が欠けている人を、能力が足りないと烙印を押された人を補えるようにしたいと思う姿に感動する
  • 時に、満たそうとするあまりに、問題を抱えていることに気づけないことがある
  • それも人間らしさ
  • 欠けていても良くて満ちようとする姿が美しいのだなと→三日月に繋がる
  • 大義のためなら執念のごとく行動できる女性の姿を感じた。
  • 泥臭さを感じた。スタイリッシュさには欠けた。ありのままを感じた気もした

ある一家の世代の移り変わりを体験できるので、「若さ、老い」に対する現実的な側面を観ることが出来たと思う。かなずしも悲観的では無くて、歳をとっても変わらない良さがそこにはあるというメッセージも見えた。

この作者が伝えたかったこと
  • 自分の情熱に従って生きてもいいのだというエール
  • 女性の力強さを感じた
  • 失敗したとしても次の挑戦を出来る環境をさがしてトライしてほしい
  • 人には良いとこも悪い所もひっくるめて人だから、自分に適した方法で社会と向き合っていけばいい
  • 満足することなく前へと進みたいという思いから行動していくことで、生き生きとした人間へと変わっていく
  • 現在の問題への解決方法と環境は、過去とは異なる。けれど、世代から世代へと根本的な思いは伝わっている
  • 前の世代での失敗を次の世代が活かすようになる

世代を追うごとに新しい価値観が生まれていき、生活がスムーズに向上していく。もし、死なない身体を人間が手に入れるようになったら、世代交代が起きずに、新しい価値観が生まれなくなるというのを思い出した。

自分が良いなと思ったこと
  • 失敗したとしても次の挑戦を出来る環境をさがしてトライしてほしい
  • 人には良いとこも悪い所もひっくるめて人だから、自分に適した方法で社会と向き合っていけばいい
  • 満足することなく前へと進みたいという思いから行動していくことで、生き生きとした人間へと変わっていく

自分が目指している信念と近い考えを持っている人から、考え方を聞いておくのはいいかもしれないと思えた。実行する方法は全く違うとしても、その核の部分が一緒である可能性もあるんだろうなと。

この物語での違和感
  • こどもに教育をするというのが一体なんのためなのかを考えてみたい。
  • 学校で成績が芳しくない人を救済することなのか
  • 自分の頭で考えて学べるような人間になるのが、教育として大切なのだと語っている場面もある。
 
教育の意味への疑問が自分の中で沸いた。研究のように自分で勉強できるようにするのが教育目的だと言うのなら、研究の仕方への効率的な方法を教えた方が良いと思う。目標に対して実施している事が、すこし的がずれているような気もする。
 
この微妙な違和感によって、教育者の熱血的なところに対して一歩引いてみてしまう自分がいる。もちろん、最終的には、自分で学べるような人になっている事の方が多いのだから全て悪だとは言えない。

「イミテーションゲーム」偉業よりも大切なものとは

 

 Amazon primeでイミテーションゲームを観た。主人公役を務めたベネディクト・カンバーバッチは、MARVELシリーズのドクターストレンジ役をしていて、カッコいい役が印象に残っている。この作品ではまた違った役のイメージが見れた。

 

この映画は、第2次世界大戦中に使われていたドイツの無線暗号エニグマを、極秘組織として結成された人々で解読する物語だった。

 

暗号解読(上) (新潮文庫)

暗号解読(上) (新潮文庫)

 

 

エニグマの話は「暗号解読」という本を通して前から知っていた。クロスワードパズルの名人、天才数学者を動員して暗号を解読するように政府は仕向ける。当時は、機械についてよく知られていなかったのもあり。エニグマの解読は不可能だと思われていた。色々な国で解読組織が作られたのだが一向に人間の手で解読することが出来なかった。はじめに解読機を作ろうとしたのはドイツのお隣のポーランドだった。そりゃ、隣の国がヤバいんだから何としてでも作らないといけない状態だったのだろう。

 その実験データを引き継いだのがイギリスだった。その成果を更に高めてチューリング率いるイギリスの解読班は、解読に成功することになった。この映画では、いきなりチューリングが解読機械を作ってる所だけが描写されている。本当はポーランドから譲り受けられた節が省かれていたりする。その部分はストーリーの根幹には影響しないので許容できる脚色であったと思う。

映画を観終わったあとの感想 

虚しさが残った。最後は完全なるハッピーエンドでは無かった。

「普通だとは思われてない人が偉業を成し遂げる」というテーマ

「普通だとは思われてない人が偉業を成し遂げる」とチューリングが語るシーンがある。そうして、確かにチューリングは偉業を成し遂げることが出来た。けれど、その後に政府から解読機が完成したことや研究していたことは、また戦争が起こるかもしれないからと、喋ってはいけないと口止めされている。そして長年作ってきた機械も没収されてしまう。

チューリングが偉業を成し遂げたことは誰にも知られないままに、チューリングは自殺をして亡くなってしまう。その理由は映画で語られることは無かったが、孤独と自分のやってきたことが認められなかった苦痛が原因だったのではないかと思う。

解読によって推定1300万人ほどの命を助けているし。偉業ではあったよなとは思う。チューリングが偉業を成し遂げつつ、更にチューリングが残りの人生を良く過ごす方法とか無かったんだろうかな。

「生得的少数派に対する差別」「無知による差別」というテーマ

理解がないことは時に人を傷つける。それを罰するべきかは置いといて情報があれば理解できる。

チューリングが暗号を使って敵国に密告をしたと冤罪に問われたことがあった。仲間は、犯行用の暗号が簡単過ぎるという未熟さから、彼が犯人ではないと見破った。こういう風に人のことを知っていれば何か間違いが起きても、異なっていることを理解することが出来る。

またチューリングが同性愛者であったことへの、世間の理解が無かったのも原因があるように思えた。

当時にどうしたら良かったのかを考えると、どうしようも無かった面もあるんかなと思いつつ。現在ではその歴史から学べることがあるのだろうと思う。

映画を観る前の印象

ロバートダウニージュニアのアイアンマンのイメージで、学者がイケイケに暗号を解読する物語かと思ってたけど、全然違った。深い話にまとめられているように感じた。