読まずに考えてみる「人生に生きる価値はない」

 

 september36.hatenablog.com

 

前回の前置きから、哲学の本を読むつもりは今のところないけど、自分なりに考えてみようと思った。哲学者の中島さんが書いた本の題名、「人生に生きる価値はない」の考えについて自分なりの予測を立てて考えてみる。高校の頃に同じような議題で悩んでいたことが有ったので懐かしい。

人生に生きる価値はない (新潮文庫)

人生に生きる価値はない (新潮文庫)

 

分からないこと

分からないことがある。この文字はどこで区切っているのかが分からない。どちらなのだろうか。

  • 「人生に生きること」は価値がない
  • 「人生」というもの中に「生きる価値」が内包されてはいない

前者と後者ではニュアンスが違ってくる。今回の場合は後者だと捉えていく。

ところで、人生とはなんだ

いままでの生きてきた過程のことかな。

特にそのなかでも思い出が深いものを「人生」と名を打っている。「人生」というのは後から編集可能な記憶というところかな。幸せな記憶ばかりを集めたものを思い出しても、それは「人生」というタグがつくだろうし。不幸で検索しても同じようなものだ。

過去を思い出したときの感情経験が「人生」だと言えるかも。それについては心理学の方で科学されているので、ここで深く語るつもりはない。この本は個別で紹介したいぐらいに面白い。

明日の幸せを科学する(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

明日の幸せを科学する(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

生きる価値とは

自分が将来も生きる必要性があるかという問題についてだ。

生きる価値を絶対的に定義できないと思っている。私たちが生きているのは、自然の摂理で成り立っているからであって、特に深い意味はない。しかし、逆に死ぬ理由もないとは言える。

信仰の話

その上で、わたしは熱心な生存したい教徒の一人ではあると自覚している。ここからは信仰の話になってくると思っている。

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生理的な話
  • 生存本能

自然淘汰の原理から、結果的に生存しやすいような生体反応を持っている個体が生き残りやすいので、現在生きている人間は結果的に、生存本能として生に貪欲な種族だと言える。だから、無意識的に生きる価値が存在している。

とは言え、僕たちは環境に適応するように進化するとは限らないので、この先で自然淘汰する分類に入る可能性はある。もっと言えば人類が滅びる可能性はある。

  • 生存文化を継承する共感能力

わたしたち人は共感能力を備えて生まれている。慈しみの心だったり、寛容だったりだ。これは、人間が文明を発展させる上で必要な機能だったと言えると思う。自分が属している文化が生存を促すようなものだった場合に影響をもろに受ける。今も受けてるはずだ。

 

「人生」と「生きる価値」の関係性

「人生」が「生きる価値」を内包しているという考え方は違うかもしれない。
どちらかと言えば、相互に関係しあっているような仲に思える。

「人生」があるからこそ、生きる価値があるとも思えるし。
「生きる価値」があるからこそ「人生」が生成されていると捉えてもおかしくない。
関係性はかなりフラットだ。

最終的にだが、この意見についていえるのは「人生に生きる価値は部分的に含まれているが完全に内包していない」というのが自分なりの解釈かな。

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やっつけ図
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