ホラーが苦手

 

怖い話が苦手だ。正しくは、怖い話を聞いて怖い気分になるのが嫌だ。

脳の処理エラーとして、この世にない存在を見てしまうことはあると思っている。それは別にホラーに限らず、思い込みや心理的な気分が影響してると思っている。

  • 地位が高い人とあった時、その人の身長が通常よりも高く感じる。
  • 嫌な人から変なオーラが流れてるように感じる。
  • 好きな人との距離感、そうでない人との距離感は、無意識のうちに調整されている。(距離が心理的な部分で歪んでいる?)
  • 人間は現在を見ているわけではなく、脳内で処理された後の遅れた映像を見ている。
  • 音楽を聴き慣れていると音が細かく聴こえる。音楽を処理する脳のつながりが強くなるのと関連してると思われる。→ホラーの想像ばかりする人は、その脳のつながりが強くなっているため連想しやすくなっている?

ホラーなモノが現実世界に存在してるというわけではなく、連想して想像することで見たように錯覚することがあると思っている。心理的な状態、過去の想像体験が見るものの感じ方を制限してしまう事はあると思う。

 

関連した話だと思うものを挙げてみた。

  • タルパ:同じキャラクタを連想し続けることで妄想のキャラクタと喋る。
  • 漫画家が漫画を書いてる時にキャラクターが語りかけてくるという話、職業病に近いか。「アニメが放送されてからはアニメの声で語りかけるようになった」という話は笑えた。
  • 江戸時代、日本人は妖怪の仕業を信じて見たという噂が流れるが、外国人は妖怪の文化を知らないのでそもそも見なかった。

ここら辺の話から、「ホラーってもしかしたらあるかも?」と信じる辺りからエラーが発生するのかなと思う。

意図的に想像して補強しているものを上に上げてみたが、無意識でホラーな想像を補強することで同じようなものを見ることが出来るんじゃ無いかと思う。

「分からない × 怖い状態で冷静に考えない × ホラー想像体験 = ホラー想像体験」という式が成り立っていそう。ホラー想像体験は人から聞きづてでも作用するし、自分で思い出しても作用するとみてる。

ホラーな想像をしてホラー妄想と同棲するとして、利点がないし生活が不便になる

ホラーな妄想と同棲して役に立つことなんて無いだろうと思ってる。

そのため、ホラーな出来事については徹底的に推理して取り敢えずの批判的な解釈を行うようにしている。「こういう捉え方もあるよね?」という疑問を残せるだけでも良い。「いやそれはシュールで面白いな」という突っ込みも怖さが半減されるので良い。

自分なりに答えを出すこと、違ったフィルタ(例:コメディ)で観ることで安心する。フィクション要素が強いとSFとして見れる場合もある。

ホラーの中には意図的に作られた話もある
  • 夜中に爪を切ると親の死に目に会えなくなる→当時は夜が暗かったので、爪切りで怪我をする場合があった。
  • 〇〇をしないと鬼が出る。→子供に言うことを聞いてもらうための手段。
  • お墓参りをしないと祟る。→大人に言うことを聞いてもらうための手段。
  • 夜、交通整備をしていて、走っている車を止めたら暴言を吐かれたので、嫌がらせで「隣に女の人が乗って何か言ってますけど?」と怖がらせてやった。

子供でなくても、想像力が豊富な人はホラーが説得するための交渉材料になる場合がある。

偽造された心霊写真のように、周りから注目されたい人、コンテンツ製作者としての腕前を試したい人が作っている場合もあると思う。

ホラー映画を観るならむしろひとりで突っ込みながらになるけど、ひとりだと別の作品を観る

怖い気分になるのが嫌なのでメタメタに突っ込んで作品を楽しむことになる。独り言を言えない映画館で楽しむのは無理だ。怖くなってしまう。

一緒に観るとしても、始終突っ込むので雰囲気を楽しみたい人は面白くないかもしれない。

それじゃひとりで観るかと言うと別に見ない。

 

ホラー映画を観ることのメリット

ジェットコースターのようなもので、見終わったあとにスッキリする。