レイヤーの話

 

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を聞くと、古臭くて現代のニーズに合ってないが、当たっている部分もあると思う。前回の記事から表現してみる。

september36.hatenablog.com

レイヤー(層)の話

絵をパソコンのソフトで描くときに、レイヤー機能を使うことがある。それぞれのパーツだったり色が描かれた透明な紙を、何枚も重ねて作品として仕上げていく、それをパソコン上で再現してくれる機能だ。実際の紙に絵を描くときに間違えた場合は、線を描きなおしたり、色を塗りなおしたりと手間がかかる。この機能を使えばその工程を省いて間違えたレイヤーだけを直すことが出来る。

こういうレイヤーについて考えている時に、人と関わるうえでヒントになるなーと感じた。ここで、詩と、自分が信仰している発想とを書き並べてみる。

  • 「置かれた場所で咲きなさい」という、現実を受け入れるしか選択肢がない世界、環境での限定的豊かさへの信仰
  • 自分の環境を変化させることができるようになり、「自分の特徴を知って活かしなさい」という創造的豊かさへの信仰

 というのかな。結局のところは、今の自分たちはこの2つのどちらにも当てはまっている状態かなと思っている。恵まれていない環境の人も居る。みんながみんな、経済的に地理的に理解してくれる人間に恵まれている訳ではない。

そうなってくると、前者のような考え方ありきで、後半も徐々に取り入れていく形になるのも仕方がないのかなと思ったりする。

 

どちらにも共通しているのは、人間はいままでの行動理念を肯定するような信仰に対して愛着を持つ。「生きている」から信仰が正しいのだという風にも捉えられなくもない。

その人が直面している環境によって信仰が固定化しやすいことを念頭に、レイヤーが違ったのだと捉えるのはありなのかなと思ったりする。これは常に自分が上のレイヤーに居るという話でもなく。自分よりも良い環境で、研ぎ澄まされた信仰を打ち立てる人も現れるのだろうなという戒めでもあり。自分がらしく生きるための依代でもある。

 

 

みんなが沢山のレイヤーを持っていて、絵を構成している"あるレイヤー"について話してるんだけど、それぞれが指してるレイヤーがズレてるのかなと、、、

上手く表現できてないので書き直すかも。