人が物語を求める理由

TEDのストーリーテリングの話を聞いてから、「物語」をテーマに本を選んでみた。

小説を読んだり、ニュースをみたり、誰かの世間話を聞いたり。人が物語を求める理由は正直分からない。すべての人になってみて初めて分かるだろうし、人間が一朝一夕で理解できる代物ではないと思っている。それに人によって物語の立ち位置はまちまちだろう。 

ただ、私見と手元にある知識から考察することは可能だ。やってみよう。

 物語は想像力を刺激する

CMがイメージに変化を与える

 CM___きれいなシーンを流したりポジティブな映像を送り商品と並ばせる。

「この商品を買えばあなたは、このような印象を沸かせることが出来ますよ」と脳に刷り込んでいく。

わたしとしては悪い影響でないなら、そういう広告もありだとは思う。

  • 好色が一貫している。もしくはあらかじめ決めているならCMの効果を受けない
  • そちらの方面への好色は知らないし、特に決めていないならCMの効果を受ける(正直なんでもいい。印象が良いほうを取ろうかな~という決め方)
  • そもそもCMが嫌いなので、うんざりするしテレビも広告もなるべく観ないし効果を受けない

と言ったおおざっぱな種類があると思う。商売をする立場から言えばブランド商法で生き残りたいという考え方だろう。分かる。わたしもブランド商法がいいと思う。

 小説を読みたいと思うのはなぜか

小説はあまり読まない人が考察するのもどうかとは思うが、一応考えていく。

3つあると思っている。

  • ひとつは単純に癖だ。「よく読んでたし読もう」という習慣の問題

わたしはファンタジー小説が好きだったので中高生の頃は読んでいたが、めっきり読まなくなった。現実世界で利用できる場面が少ないから要らんだろう。という理由が占める。また現実での実際の「生き方」を考えないといけないと思いだしたのもこの頃だ。今まではaboutなイメージだった。

逆にもし今も読んでいるとしたら慣性で読んでいるんだろうなと思える。

  • 2つめは敢えて影響されるために、探して読んでいる

この本のアイデアでも、「物語を集めること」に変化を与えることができると書いてある。

物語は自分のイメージに影響を与える、そのうえで選ぶモノを「人生の目的」に沿って取捨選択していけばいい。

生物学の考え方の変調になるが、「多様性を失った物語は滅びる」や「生き残った物語には共通のものがある」という目線でサジ加減を変えていくのが良いのかな。

無差別な物語の選択はためにならないかな~と思いつつ。

脳は記憶の塊だから、かなり選択的に本を選んでいる人は直感で選んでも大丈夫な脳になってそうな気もする。けど知らないジャンルは調べた方がいいのかな~?

  • 3つめは感情を味わうため。

日常で物事を感じるときに、小説を通して経験した新しい知覚でモノを感じることが出来る。

小中高と読書感想文はすべて夏目漱石の「坊っちゃん」にしていた。知人が小説を書く趣味を持っていたので、わたしも試しに書いてみたところ夏目漱石に地の文が似ていると言われたのが懐かしい。影響されて感覚が共有されるのは面白い体験だろう。

これは娯楽目的の要素が強いと思う。小説のストーリーが面白いのではなくてストーリーを作っている「文のリズム」が日常に隠し味を加えてくれるという印象かな。

物語の別の姿

物語には世間話などの「聞きいた話」とか「本に書かれている話」、ニュースなどの「メディア」から得ることが多いと思う。

それ以外にも音楽や絵画などの「芸術」や美しい自然や造形物から来る「感動」も、物語のひとつの形態ではないだろうか?

脳内に影響を残すという点では物語との共通点がある。