哲学カフェで話した内容で、別のテーマでまとめてみました。
既に知っているやり方、知らないやり方
話している最中に出てきた話を2つ上げます。「やり方が分からないもの」「やり方が分かっているもの」の比較ですね。
やり方がわからないもの
「世界企業ランキングでTOPに入るのはトヨタしかいない。」
「日本企業が衰退したのはなぜなのか」
「従来の企業文化を放り出しているのが原因だから元に戻そう」
経営は正解が無いので何とも言えないですのが。変化したことに原因があると見るなら、解決策は二つあると見ています。
- 安定するまで変化し続ける*1
- 前の方法に戻る
変化している最中は、上手く適応していないがために失敗します。適応する最中だからです。その部分で不満を感じてるのなら、向かっている先の未来を想像したり、今していることが将来の何に役立つのかを確認すると良いかもしれません。
ただ、変化した後に悪くなっている場合や、何も変わっていない場合も有ります。コストを消費したのにリターンが返ってこないので大損です。ある意味で賭けです。それを危惧して前の方法に戻る手も有ります。
やり方が分かっているもの
「ゲームが出てきて、子供の学力が下がっている。」
「子どもがゲームで遊ぶのを親が管理しないと。」
「大学に行った親は子供に教育の機会を多く与える、結果的に子供が賢くなる」
「賢くない子供が出来るのは環境を用意してあげない親のせいである」*2
道具は使い方を知っている人から教えてもらい。上達をして上手く使いこなすことが出来ます。包丁は間違って使うと傷つけてしまいます。正しく使えば料理で使うこともできます。知らないうちやコントロールできないうちは周りの人が教えてあげたり、制限するのは正しいように思います。
ゲームを通して何の目的を得たいのかを把握できる、上手く利用する方法を学べるのかが大事なのかなと。優先順位を付けれるように持っていくのがいいのかなと思います。*3