淡々と読書する日々

~知的好奇心と癒しの感性~

共存するには価値観を更新してこう

TEDトークを観て考えたことを書いていく。

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自分の意見をまとめていく

「男らしさ」は消費される流行りに過ぎない

どのように生きるのかについて責任と自由を持ってる前提で考えると、「男らしさ」は消費される文化に過ぎないと考えている。たとえば初詣のようなものだ。文化は「流行り廃り現象」に言葉で紐づけしたものだ。(そこにこだわる人が居てもいいと思う。気の持ちようって話は信じてる。)

文化は時代と共に更新されていく。そこで「男らしさ」が理に適っていないなら支持しなくていいだけだ。祖父母の価値観の違いも「服の流行」と同じで違っていい。そこにこだわっていく必要はない。

音楽の好みとも似てる。その音楽を支持している人がいるだけ。自分は自分が好む音楽を選曲して聴いていく。だから、もし「男らしさ」が価値観として欠陥があるのなら時代のニーズに合わせて「男らしさ」というのが忘れ去られる価値観になるのが大事だと考えている。

異なる意見の人と、どう向き合うのか

 音楽の趣味と同じように「君はそういうのが好きなんだね。」という話で終わらせてもいいと思っている。別に価値観の違う人が居ても良いのだ。最終的に音楽を愛しているのなら、ジャンルは構わない。

 ここに、自分と違う曲やジャンルを支持していない人を無条件で否定したり、人格について言及するから問題となる。別のジャンルを支持していただけでは、その人が持つ価値に関係が無いことを分けて考える必要がある。

価値観の流れ

まず、価値観の違いを確認することから始める必要があるだろう。世代間が離れれば離れるほど顕著に感じる。たとえば、祖父母の時代に彼ら彼女らを育てた価値観も考慮して、違いを確認する必要があるかもしれない。わたし達は「価値観の流れ」の中で話しをしているのだと互いに理解する必要がある

同時にわたし達が初めて出会う価値観に対しても寛容でなくてはならない。そこで共存するためには、どのような行動を取ればいいのかで迷うのだ。そのためには「対話」がいる。合理的な意見の交換がいる。理解するための時間がいる。

具体的な行動

分からない時、「対話」によって行動を変化させていこう。そして、時節に自分の価値観が間違っている可能性を考えて、価値観を更新させていこう。そして、相手も「対話」によって価値を変化させたい同士だと考える真摯さを持ち合わせよう

未だに不完全な部分がある。挑戦して習得しよう。「対話」経験を重ねよう。それが自信へと変わる。

環境との不適応

理解を拒まれたり「対話」を無視されるのであれば、離れるのも一つの手だ。環境は大事だ。
しかし、この線引きをするのも難しいと感じる。実際には、離れたくても離れれない人もいるだろうし。金銭的に能力的にきついと感じる人もいると思うのだ。そこをどうにか手助けする術がないか、悩みどころである。

方法としては、幻想に逃げ込むとか趣味に逃げ込むと言うのが常套手段であろうか。リラックス出来る環境を出来るだけ整えてみるのもありかもしれない。

個人単位でできること

社会インフラをITで補助するサービスを作ってみたい。「対話」を促すようなシステムや、安全に離れたり適切な場所で集まれるようなサービスを作ってみたいと考えている。安全面を考えると容易くできることではないというのも知ってるし、どうやって構築したらいいのかのアイデアも不足している。現状では「対話」を目指すためのサービスを作るのが限界だろうか。取りあえずあと30年くらいは考えられそうだし、後の自分に期待しておこう。