淡々と読書する日々

集中力と癒しを追及するブログ

7gatu3

恥ずかしい気持ちに駆られている。
今でもこれを書くのは恥ずかしい。
恥ずかしさを隠すために気難しい言葉を並べてブログを締めくくることの方が多かった。

軽音部に入った理由は2つあった。
1つは人数の多い部活に入って人間関係を学ぶこと。
2つはボーカルとして歌を上達させることだった。

2つめはサブであった。
「大学生活は遊ぶものだ」という概念のもと、もともと好きであった歌唱を延ばそうとすることだ。
同時に「学問は必要だと感じたときに学ぼう」と心に決めて高校2年から過ごしていたことも記述したい。
軽音部に属することで学ぶことは多かったが、「具体的な目標がない」という点でボーカルとしての意識は低い。

軽音部を辞めようと決意をしたトリガーは「これだ!」とは言えない。

・軽音部に対して主体的ではなく、客体の立場でただサービスを受ける側として既存しており。そのサービスにも飽きがきてしまったから。

・学問の必要性に駆られたため。
失恋した際の理由が「しっかりした人がタイプである」という前回の振られた内容と酷似しており、進歩する意で新しい考え方の基で動いたから。

・先輩の価値観と自己の価値観の差異に恐怖を感じ、メンターには出来ないと感じたため。
メンターには出来なくとも振る舞うことは可能だったのだが、それに意義を感じなくなったのもある。

・自分に教養が少なく面白い話をしたり見識を深めたいが、「軽音部の流行をTwitterで追う」のが日課となりTwitter依存からストレスとなり「軽音部を離れるしかない」という理由に至っため。
→今はTwitterは実質辞めている。ブログでまとめることや本を読むことに移行している。

・歌を歌う理由がなくなったため。
モテたい、流行に乗りたい、褒められたい。この理由から歌の上達を目指していた。しかし、理由がほとんど意味をなさなくなった。

「モテたい」事態が今はなくて、将来に結婚したらについて考えている方が有意義であることに気づいた。
また、「歌が上手いから付き合う」には納得がいかないところもある。

「流行に乗りたい」という考え方で「歌を歌う」のは宗教が思想に関連しているように歌も思想に関連しており、ドラッグのような中毒性のリスクがあると解釈したからである。
→創作曲に回せばいいのかな?

「褒められたい」これはすべてに通じる。
人は嬉しい。全てに通じるということは「歌ではなければならない」という必要がないことでもあるため。